市民ジャーナリズム

知ろう

データソースの信頼性

情報としての価値

インターネット上に拡散されている情報によって様々な出来事をニュースとして報道しているこの状況に対して筆者として思うのはよくもここまで進化したものだというところだ。誰でも情報を発信する立場となって、それを多くの人に訴えようとするだけの手段を手に入れることが出来たというのは、おそらくそれまでの歴史では考えられないことだったと思う。それこそプロとして訓練されていなければまず活動することを許されなかったが、それだけ発信する情報が正確でなければならないという責任義務が付きまとっていたことを意味している。もちろんだが、現在までに発行されている雑誌、もしくは新聞といったものに掲載されている情報については下調べと入念な打ち合わせで構成されている。特に後者に関していえば、掲載された内容にもよるが世間一般への波及は甚大な影響力をもたらす。

そうした情報が正しいかどうかはもちろんだが、昨今登場したことで注目を集めているデータジャーナリズムという新しい考え方について言うなれば、ただ情報だけを配信していれば良いというだけではいけなくなっている。雑誌や新聞といった従来の情報発信源に関してならまだいいが、インターネットの爆発的な普及とニュース配信に関しても、新しくインターネット上で最新の話題を提供されている。

ここで取り上げようとしているデータジャーナリズムについて言及すると、ただインターネットに文字だけの情報を掲載していればいいという問題ではなく、情報を掲載するためには情報の正確さはもちろん、その他に情報を表現するために必要な手法を取り入れなくてはならないといった、そんな点も含まれている。インターネット上で公開される情報もただ流されるだけで終わりではなく、内容を際立たせるために創意工夫を施したモノでなくてはならないとする考え方もある。

海外では積極的に導入している

データジャーナリズムという新たな可能性を秘めているジャーナリズムを語るとき、二つの側面についてよく考えておく必要がある。それは『データ分析』と『表現手法』という点についてだ。この2つを徹底した情報分析を行っていく事はもちろんだが、ここで注目して欲しいのは表現手法というものに関して、詳しく掘り下げて話をしていこう。

見せ方を少し変えるだけで大きく変化する

ジャーナリズムに基づいた情報を発信することで、データが正しい事はもちろんのこと、発信された情報に関して一目見て分かりやすく表現されているか、また取扱っている情報に関して疑問点を持って質問できるかどうか、といった点でも全く違ったジャーナリズムが誕生する。ここで考えて欲しいのが、ジャーナリズムに基づいた情報が配信されても、それが正しいものなのか、間違っているものなのかを判断する材料は、受け手にはそれを証明するだけの材料は無いだろう。後から入念に調べることでようやく嘘かホントかを見抜けるだろうが、そこまでの手間を惜しんで情報を獲得することに勤しむ人がどれだけいるか。分からないこと、またニュースに関して抱いたちょっとした不可解な点を即座に質問出来るようになったのも、インターネットの技術が普及したことによって生まれた産物となっている。

海外で公開されているそうしたインターネット上のニュースでは、読者の一人が記事を読むだけでなく、それに関して持っている疑問などについても答えてくれるところも存在しているため、やり方に関して言うなら様々だ。一方で日本のニュースが提供されているサイトの情報に関してはただ一方通行で押し付けられるだけだ。データジャーナリズムを考える上では、送受信する双方の立場を重んじて情報のやり取りが望ましくなっており、ただ正確なだけではなく、サイトのビジュアルとしての面にも気を配らなければならないという。


多元的な取り組み

データジャーナリズムという時代の新たなジャーナリズム論を考えると、情報だけが正しいとする考えだけではダメだとする一方で、提供するサイトにも気を配らなければならない。それが何を意味するのか、報道機関にはサイトを作る際には情報だけでなく、その内容につりあったサイトのデザインなども取り入れていかなければならないということだ。そのため、自然と自社だけの力だけでっインターネットの情報をまとめることは難しくなり、自然と外部からデザイナーを雇うなどの行動をしていく。それらが出来る職場が整えられているといったことはないだろう、毎日膨大な情報をまとめて正しいかないかを判断するための取材をするだけでもかなりの労働力が取られる。

そうなると1つにチームとして行動する上で、それぞれ専門知識に特化したスペシャリストがいなければならなくなってしまうが、そんなことを会社内で育成するのはあまり現実的では無いだろう。そのために時には外部へと仕事を発注することで、共にニュース報道をするための情報配信サイトの作成にもこだわりを見せなければならない。今ではあらゆる場面で情報が錯綜している世の中だからこそ、従来と違う取り組みを導入することで新しい可能性を引き出そうとしている、そんなところだ。